子どもに教わった事


今日、車の運転中に、ちょっとしたことで夫と言い合いになりました。

私が夫に注意じみたことを言うと夫は「非難されている」と感じるらしく、イジけたようなキレたような感じで突っかかってくることがあり面倒くさい(54歳のオッサンですよ・・・)のですが、「私は非難していない。非難されていると感じるのはあなた自身の問題だ」というようなことを言ったら言い合いになりました(ちくしょう!こんなことを説明しなくちゃなんてほんと面倒くさい!)。
夫の勘違いでイジけられるのも面倒くさいが、そこをちゃんと説明するのも面倒くさく、いつも適当にしていたのですが、このクソ野郎め今日は説明してやる!と意気込んだら、車の後部座席に乗っていた長女(中2)が「まぁまぁいいからいいから」と止めに入ったのです。


むかつきました。長女に。

止めるんじゃねぇよ、と。


で、長女が「自分のために親の喧嘩を止めている」のを感じ取り、それと同時にハッキリと、私が子どものころ、両親の喧嘩にいつも止めに入ったり、悲しくて自分の部屋でメソメソ泣いていたのは「私自身のためだったのだ」と、いや前からそれは分かっていた気でいたのですが、今回本当に明確に「私は”家族のため”とか言いながら実はただただ自分のために両親に喧嘩してほしくなかったのだ」「私には受け止める強さが全くなかったのだ」「悲しい思いをしたくなかったのだ」「喧嘩しないのが良い家族だと思っていたのだ」「喧嘩は悪いことだと思っていたのだ」「我よしだったのだ」と思い知りました。

こっちは喧嘩して捻じ伏せたい、二度と逆らえないようにしてやりたい、ソコんところをお互いの間でハッキリ整理しておきたいわけですから「止めんじゃねえよ」となるわけですよ。
喧嘩したいんだからさせておけと。

「はいはい、いいからいいから」と長女に言われて
「いや、良くないんだよ、はっきりさせておいた方が今後のためなんだけど、まぁいいやアンタが嫌ならここでは止めておく」と言ってやめました。まだ中2というのもあるし「どどどどどどうなっちゃうの、離婚とかなっちゃうの」という不安があるでしょう。必要があれば別の場面で説明すればいいかなと。
というか私自身が肝心なことが分かったので、その場の他のことがどうでもよくなったw


長女の言動をきっかけに、子どものころの私が本当に我よしであったと思い知りました。
長女が「自分のために親の喧嘩を止めている」のを感じ、それが子どもの自分と重なったとき、本当に衝撃で鳥肌が立ちました。
いや~いい経験させてもらいました。ありがとう、長女。

(※親は子どもの前でどんな喧嘩でもしてよい、とは言ってませんヨ)

車の運転中と書きましたが、「ああ~そうだったのか私~!」と思った瞬間に周りの車のナンバーが「777」「888」のオンパレード。おもろ~。

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