「味」


小学3年の次女の担任は「あ、この人”先生”だな」と思える人で、
子どもをやる気にさせ、可能性を引き出して、その子の持っている力を存分に発揮させる方向に持っていける人。
やるからには全力、そして楽しく!という感じで、私にとっては「子どもの担任として理想」(時間にルーズすぎるのが玉にキズだが・・・)な人だ。
(あくまで「私にとっては」であって、万人受けするタイプではない)

長女のときから7年間、学校の授業参観には欠かさず出席してきたが
今年度の次女のクラスの学習参観で初めて「面白い。来る価値がある」と思った。
子どもが一年間でどれだけ成長したのかが分かり、
その成長が「勉強ができる」という方向でなく
「自分で考えまとめた意見をしっかり発言する。他人の意見をしっかり聞く」というものであり、
その成長っぷりは、見ていて感動するほどだった。

さて、小学校では毎年秋に親と先生の面談がある。
我が家は二人とも女の子だし特に生活面でも勉強面でも相談するようなことは何もなく、
先生からも開口一番「何もありません」と言われるような形骸化した面談。
本当に何にも話すことがない15分間なので、
適当にまぁ強いて言えばここが欠点かな的な部分を話すと先生も「まぁそうですねぇ」みたいな?
(何の意味があるんだ。行きたくねぇ。希望制でいいじゃないかと思ったら、先生的に「来てほしい」親に限って絶対に希望しないので全員強制だそうだ。)

今年も同じ調子で
私  「次女はちょっとボンヤリしてるんですよね~。本好きなもので、どっか別の世界に行っちゃってる感じ」
と言ったところ、

先生「あぁ、そういうところありますよね~。でも”味”ですね」
私  「具合悪い、とか、のど痛い、とか、お腹すいた、とか、食べたい、とか”自分がどう感じるとかどうしたい”って感覚があんまりないみたい。こんなにボヤーってしていて大丈夫なのかね・・・」
先生「ねー○○ちゃんねー”味”ですよね~」
私  「ちょっとだらしなくて、忘れ物も多くて、箸なんてしょっちゅう忘れてるんじゃないですか?」
先生「うん、忘れてる。でもそういうところも”味”ですよー」

私  「(笑)先生、どこまで”味”?」
先生「生きようという意欲があって、学ぼうという意欲があって、真ん中がしっかりしていたら、あとのことはどうでもいい、ただの”味”です。」
私  「いやほんと、そのとおり。というわけで、何も話すことありません」
先生「ですよね~。○○ちゃん、何も心配ありません」

ということで終了。
ただほかの話に花が咲き、30分くらいくっちゃべってしまった。

先生の「肝心な部分以外のちょっとした困ったことは全部”味”」発言に「そのとおりだ」と思ったけど、
実際これまでそんな風に捉えたことがなかった。
大して困ったことではなかったけど、次女のぼんやり、うっかりはどっちかに分類しろと言われたら「困った」部分だった。

ちょっとボンヤリしていて、本を読み始めたり何かを書き始めたりするとそれに没頭してしまって、
机回りはいつもグチャグチャ、お昼が遅くなってしまったので「おなかすいた~?」と聞いても「うーんわかんない」という答え・・・(自分の腹がすいたかどうかわからないってどうなんだ)
まぁいいや、と思って放置していたけど、「これでコイツ将来大丈夫か」とは思っていた。

それを「味」と言われたら、本当に「味」に思えて、次女ってかなり面白いやつなんだと思うようになった。
逆にその味の部分を伸ばしてやろうか、くらいにw

長女もそんな風に見てみると、奴も味満載。

なんだかね~それまでにも増して、子どもが面白可愛く見えるんだよねー。
菌床を与えたら勝手にニョキニョキ生えてくるキノコみたいな(意味不明)

ふふふふふふふ・・・とニマニマしながら子どもの成長を見守ろう。どんなキノコになるのやら(意味不明)



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