うむ。


これまた、ふと、

夫や子どもが自分の鏡であるなら、
会う人全員自分の鏡であるのかもしれないな、と思う。

行動がのろくてイラッとさせられる店員や
言ってることが意味不明の先生や
会話に遠慮や謙遜が多くて話がちっともかみ合わない近所の人とか
店の中でエラそうに店員を呼びつける爺とか
わがまま放題で腹の立つガキとか

全部「いつかの私」または「どこかでの私」の気がして仕方がない。

芽を出していないか、出しているか、成長しているか、あるいは種のまま枯れているかもしれないが
相手と共通する”種”が自分のどこかに埋まっている。

そう思うと、相手の言動をあげつらう気がなくなる。

するとさらに「いかに自分がこれまで人を馬鹿にしていたか」に気づかされる。

情けない限り。



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