自分の娘であっても


私の住んでいる地域では9月下旬から10月上旬というと運動会シーズンです。
小学校、中学校、地区と、この2週間運動会三昧。

そこに加えて長女(中2)の部活の大会が目白押し。
ソフトテニスなもので、これまた応援となると一日中屋外。

この歳になると、一日中屋外にいるというのはキツイですねぇ。
そのうえ朝4時起きで弁当作りなどしているので、もうヘトヘトです・・・・⤵
こういう面に特化して言えば、子どもは若いうちに産んだほうが後々楽です。
下の子(小4)が高校卒業するまで、この生活を維持できる体力があるだろうか・・・不安w


さて。
そんな生活を送っている私ですが、長女の部活の大会に絡めて改めて思うことがありました。

長女は、長子なもので割とノンビリしていて、競争心もあまりなく、感情の起伏もあまりなく、
良くも悪くもクールな子だなと思っていました(過去形)。
私自身長子でノンビリしていて、
親から「お前は悔しいという気持ちや、頑張るぞ!という気持ちはないのか!」と
言われ続けていたものですから、
わが長女のそういう部分を見ていても「私と似ているのだ」と思っていました。

ところが。
この間の大会で、2回戦目で残念な負け方
(強敵で、でも頑張って食いついていて、あと1点取ればファイナルに
 持ち込めたのですが、その1点を娘のミスで取れなかった)
をしたのですが、
自分のペアの負けが決定した瞬間、長女は手のひらで顔を覆って大泣きしたのです。
その後しばらくしゃくり上げて泣く長女。
私の隣で応援していたほかの子のお母さんがもらい泣きw
(ちなみに、引退試合でもないのにこんなに泣く子はあまり見ませんww)

こんな長女の姿は、彼女を産んで13年、初めて見ました。
そういう泣き方をする子だとは、これまで全く知りませんでした。
悔しい、自分のミスで試合が終わったのが悔しい、一緒に頑張ってきたペアの子に申し訳ない。
そういう感情を持っているとは全く知りませんでした。思いもよらなかった。

私は無意識に自分とわが子を重ね合わせて「同じような」タイプだと思い込み、
そうでない部分を拾い上げる目を持っていなかったわけです。
それが衝撃で、もらい泣きどころではないw
(ちなみに私は生まれてこの方悔し泣きをしたことがございません・・・)
私自身、母親に『母親の子供時代の延長』として育てられ(要するに母親が私の人生に乗っかってる)
本当に嫌だったので、自分の子供にはそうしないように、
自分とは全く別の一人の人間であることを意識して育ててきたつもりでした。
私と似ているところもあるけれど、違うところが沢山あって、それが長女だ、と接してきたつもりでした。
それなのに「自分の子だから」当然のように理解しているつもりでした。傲慢。

長女が小学校6年の時にテレビで何かのスポーツの世界大会で負けて泣いている選手を見て
「なんで泣くの?」と私に聞いてきたことがありました。
「なんでだろうね、そのうち解るかもしれないよ」と答えたのを覚えています。

あれから2年近く。
中学生になり、部活を頑張ってきたなかで、泣いていた選手の気持ちがそれなりに解るほどには経験を重ねてきたわけです。
負けたのが悔しい、というより、自分のミスで次へのチャンスがなくなったことが悔しかったと言っていました。
心身ともに成長していく娘を見て、私が親としてやってやれることは何だろうと改めて考えます。
やれること、あんまりないんですよね。
子どもが「まだ子どもだからできないこと」を代わりにやってやるくらい。


とまぁ、そんなことを感じた9月の末でした。
(話の終わりが突然だなw)
(ちょっと出かけなくちゃならないもので)







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