認めてほしい人


前回の記事更新からもう一カ月も経っていた(汗)




職場で出会う興味深い(?)人についてチラホラ書いていこうかな。
観察&分析をしていると勉強になります。
最も私の観察眼と分析力が浅いため中途半端ではありますが。



まず。
私と同世代(40代半ば)の女性社員。
入社してまだ1年未満で社員の中では経験は短い。でも年齢は一番上。

親が若くして亡くなったり、ロクでもない男と結婚し離婚し女手一つで子どもを育てたり、さらには持病が複数あったりといろいろ経験と苦労をしてきていているらしい。

これが彼女に
「私分かってます。この中の誰よりも」
「私気配りできます。この中の誰よりも」
「私頑張ってます。この中の誰よりも」。
という態度を取らせる。常に。


これだけでも十分面倒くさいが、まぁこれはいいや。
ここに更に

「なのに誰も分かってくれない」

ってのをかぶせてくるのでほんっとーーーーーーーーーに面倒くさい。

彼女より頑張っていて、気付いていて、気配りができて、理解している人は他にもいるけど、
彼女の脳みそがそれを認めない。
ので、自分が最善であり最上であるらしい。ある意味幸せだわな。

ヒトのアラを叩くし、意見の違う人間を批判する。
視野が狭いとこうなるんだな。

「他の人に比べて私がこんなに頑張っているのを誰か分かってーーーー!」
と常に全身で叫んでいる。(こんなオバサン誰も見たくねぇー)

でもさ、「会社が求めてるのってそこじゃないよね」って感じで頑張ってるところが完全に的外れなんだな。
だから残念ながら誰も認めない。

認めてほしい!⇒頑張る⇒誰も認めてくれない⇒苦しい!

と一人で戦って、ついに体を壊した。
でも本当の原因に気付けないので、会社を悪者にして辞めていきましたわ。

職場が「ホッ」とした雰囲気になったのは言うまでもないw

彼女の経歴を知る人に聞いたら、これまでも会社を転々としていて、どこでも同じようなことを繰り返しているらしい。
次の職場で気付けるといいけどなぁ・・・・





楽しくなってきた

 
私は5カ月ほど前からレストランで働いております。
人生初の接客業。
ウチの店は接客を超えた接遇というのを目指していて、お客さんと会話を積極的にするという方針。(変な店なんだよ)

じつはワタクシ結構人見知り&ビビり&保身的で、初対面の人に話しかけるなど大の苦手。マジ苦手。
こういう店だと分かったのは採用されてからでw、分かったときは「しまったぁぁぁぁぁ」と思ったのだけど、そもそもなぜこの歳になって接客業を選んだかといえば「やったことのないことにチャレンジしてみたい」と思ったからなので、この店にしたのも何かの縁、やれるとこまでやってみようと頑張って早5カ月。

最初のころはかなりの冷や汗をかきながら懸命にやってきましたが(ただのパートだがな)
意外や意外、この店の「客とちょい深めに関わる」接客が楽しくなってきた。

会話を楽しむというより、その人を知るのが楽しい、かな。

ほんっとーーーーーーーにいろいろな人がいて、話をしながら「この人の血液型は・・・」とか「家族構成は・・・」とか「生い立ちは・・・」とか「魂年齢は・・・」とか「魂の役割は・・・」などと勝手に空想を巡らせております。(嫌な店員だで・・・)

ちらほら「店で見かけたこんな人」シリーズで勝手に紹介していきたいと思います。

今一番私の中でHOTなのはw、お客さんじゃなくてスタッフ。
私より1つ年上の女の人。
いわゆる「こじらせ女子」でそーとーに複雑骨折人生。
書くのに時間かかるのでまた後程!(ヲイ)







ぴたっと来る②


長女と次女の学校やら部活やら習い事関係で保護者の方とお付き合いする機会が何かと多いですが、私はママ友は大変少ないです。
広く浅い付き合いが苦手なようで、「あ、この人かなり気が合うな」と思う人としか連絡先の交換はしません。
適当な世間話も得意ではないので、授業参観とかいつも一人だしw(そもそも授業参観中に喋りまくるママ達が苦手だが)
あの人ともこの人とも話が弾んで連絡先も知っている、という人を見ると嫌味とかでなく本当に感心します。

で、この年度末、次女の小学校卒業に絡んで役員仕事でいろいろ動いていたのですが、そのうえで「どうしてもあの人に連絡を取りたい」ということが、間をあけて3回ありました。
しかしうちの学校は個人情報保護の関係で連絡網がなく、しかも私は上記に書いたとおり連絡先を交換している相手が非常に少ない。というわけで、連絡を取りたい3人はいずれも連絡先を知りませんでした。

ところが、「あーあの人と連絡を取りたい」と、どうしたものかと考えていると、不思議な事にその日のうちにその人に会うのです。
知り合って数年、学校以外のどこかでばったり会うなんて一度もなかった人なのに。
一度も入ったことのない店に入ったらその人がいたり、大した用もないのにたまたま気が向いて入った店にその人がいたり。
というわけで、3人とも連絡先を知らずとも用が足りました。
電話やメールでのやり取りより、直接話したい内容だったので丁度よかった。

1回目は「こんなこともあるんだなぁ!ラッキーだったわぁ」と喜んでいましたが、2回目、3回目には「これはもうこういう世の中なんだということだ」と妙に納得。

普段から楽しいですがw、こういうことが続くとますます楽しい。
こういうことが増えていくと思ったらワクワクします。








サイン?


この2日間、富士山サインがバンバン来ています。

昨日の朝、立て続けに富士山の映像と画像を見、
2回目の時に「また富士山」と思ったのですが、

昼にショッピングモールに買い物に出かけていつも買っている布巾を買おうとしたら富士山柄。
「おーまた富士山」。

外でご飯を食べようとしたら店のポスターに富士山。
「また富士山?」

『富士山、キテルなぁ~』と思いながらの帰り道。
ふと、モールの通路に落ちていたチラシを思い出す。

フジコヘミング”のCDか何かのチラシだった。
『ええー?よっぽどだな。。。。』

なんだろう?と頭をひねるも分からない。
挙句、帰宅後日参しているブログを見たら富士山の画像。

なんだ?なんだろう?

ツマンナイことで心配し、頭を悩ませていたので
「堂々としていろ」ということだろうか?







彫琢復朴




自分という人間が、何が好きで、何が嫌いで、何が得意で、何が不得意で、何で喜んで、何をストレスと感じて、人からの言葉や態度にどういう反応をして、それは自分の中の何に起因するものなのか、この考え方のクセ、思い込みは自分の過去の何に起因するものなのか、、、、

などなど

職場や、子どもの学校のPTA活動などの人間関係などなどで気付くチャンスを沢山もらっています。
特に仕事を始めた昨年末から、次女の卒業にからんだこの年度末まで、ずいぶんいろいろな気付きがありました。
自分に驚いて見たり、ガッカリしてみたり、深く考え込んでみたり、迷ってみたり・・・
同じ気付くにも、いまだに浅いところで反応してしまう。もう一段深いところまで静かに考えてから反応したいものです。

自分がどういう人間であるのか知る、認める、というのは時に痛さを伴いますが、生きてるなぁwという充実感も伴います。

彫琢復朴という荘子の言葉があります。
余計なものを削ぎ落とすことで、本来の状態に戻す。という意味だそうです。

そのように生きてゆきたい、と、
鶯の美しく無駄のないさえずりを聞きながら思ったnicoでございました。(誰だ)






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